日増しに暖かくなり、春の訪れの気配を感じるようになりました。
原マネージメント陣屋門プラザのギャラリーにて、新展示「むかし、中原は桃の里」を開始いたしました。
かつて中原区が全国でも有数の桃の産地であったことを、昭和6年に制作された武蔵小杉周辺の古地図を背景に紹介しています。
大正から昭和にかけて現在の中原区周辺では「西の岡山、東の神奈川」と言われるほどに盛んに桃が栽培されていました。
等々力・宮内・上丸子・上小田中周辺など二ヶ領用水や多摩川周辺には桃畑が広がり、春になると桃の花が一斉に咲き誇り、南武鉄道(現在のJR南武線)列車からの眺めはまるで桃源郷のようだと言われました。
栽培された多摩川名産中原の桃は、丸子の渡しや馬車などで東京の青果市場へ出荷され、大変好評を博していました。
今回は、武蔵小杉の街の様子を伝える写真として、昭和8年に田畑の中を南武鉄道(現在のJR南武線)の一両列車が停車する様子と、そのほぼ同じ場所からみた武蔵小杉駅周辺の街並みの変遷もご紹介しています。
昭和10年以降には、徐々にNECや東京機械などの大きな工場が武蔵小杉エリアに増え、高津や稲田地域へ桃の生産地は移行しました。
現在のタワーマンションが立ち並ぶ、駅周辺の姿からは92年前の様子は想像もつかない光景ですが、25年前の駅前の景色とも全く違い、近年の急速な武蔵小杉駅近辺の開発の様子がよくわかります。
現在では、「中原桃の会」の皆さんが当時の中原の姿を残すべく桃並木の再生に取り組まれており、二ヶ領用水沿いに様々な種類の桃の木を植樹して保全活動が行われています。

二ヶ領用水沿いの桃
ぜひギャラリーをご覧頂き、桃源郷と言われたかつての中原の姿に想いを馳せ、春の訪れをお楽しみ下さい。